生成AIに「おすすめの生命保険会社」を聞く人が増えたとき、変わるのは検索手段だけではありません。人間が比較を始める前に、AIが示した候補が、そのまま比較対象になる可能性があります。気になるのは、どの会社がおすすめされたかだけでなく、おすすめされなかった会社が、比較が始まる前に静かに消えるかもしれないことです。
ただし、これは公開調査から直接証明された事実ではありません。調査で分かった「挙がる会社の違い」と、その先にある「人間が比較する範囲の変化」を分けて考える必要があります。
公開調査で分かったのは、候補の顔ぶれの違い
SEO・LLMOなどのマーケティング支援を行う株式会社PLAN-Bマーケティングパートナーズは2026年9月25日、生命保険会社について消費者と生成AIを比較した調査を公開しました。消費者側は、直近1年以内に生命保険の新規加入・見直しを検討した、または加入した1,000人へのインターネット調査で、調査日は6月24日です。AI側には「おすすめの生命保険会社を教えて」と各1,000回質問し、ChatGPTは7月8日、Geminiは7月21日に回答を取得しています。調査概要・公開サマリー
公表されたTOP10の重なりは次のとおりです。
| 比較したTOP10 | 共通する会社数 |
|---|---|
| 消費者の想起とChatGPTのおすすめ | 8社 |
| 消費者の想起とGeminiのおすすめ | 5社 |
| ChatGPTとGeminiのおすすめ | 4社 |
ここでの10社は、多数の回答を集計した上位10社です。一回の回答に10社出たという意味でも、8割の利用者に同じ会社が表示されたという意味でもありません。また、人間が「思い浮かべる会社」とAIが「おすすめする会社」は同じ指標ではなく、AI同士も取得日が異なります。違いをすべてAIの種類だけの効果とみなしたり、ChatGPTの方が人間に近いから優れていると評価したりすることはできません。
公開サマリーには、保険検討経験のある20〜70代2,986人への事前調査で生成AI利用が43.1%だったことも掲載されています。別途説明されているAI利用者1,000人の回答では、提案後に公式サイトで詳細確認した人が47.3%、FP・代理店へ相談予約した人が36.0%、資料請求した人が34.4%でした。これらは発表元が報告した結果であり、一般人口全体の利用率や、AIによる行動の増加幅を示すものではありません。調査背景
今回確認したのは公開ページで、フォーム申込み後に届くレポート本体や個票ではありません。企業別の出現頻度、一回答あたりの推薦社数、同一条件での再現性は、確認した公開本文からは分かりません。消費者アンケートの集計とAI利用後の行動調査の対象者がどう重なるかも、同一集団だと決めつけない方がよいでしょう。レポート案内
この調査はAI推薦を考える入口になりますが、比較対象が実際に減ったことや、AIの提案によって契約が増えたことまで示した調査としては扱えません。
一掘りしたいのは、順位より前の「候補づくり」
ここからは独自考察です。候補集合とは、ユーザーが比較を始めるときに、検討対象として持っている企業や商品のまとまりを指します。AIが最初に示す候補と、人間が最後に比較する候補は、必ずしも同じではありません。この二つがどこまで重なるかが、今回の問いの分かれ目です。
たとえば、A社からE社まで選択肢がある仮想例を考えます。AIが最初にA・B・C社を挙げ、その利用者が三社の比較だけで十分だと思えば、D・E社は比較表に入らないまま検討が進みます。一方、その人が候補を追加で調べれば、AIの最初の回答に出なかった会社も比較に戻ってきます。
問題は、AIが必ず選択肢を減らすことではありません。最初の回答が、比較の出発点で終わるのか、そのまま比較範囲の上限になるのか。 この違いです。
検索順位も、人間の見る範囲を左右してきました。検索結果の下位を見ない人もいますし、比較サイト自体が候補を絞ることもあります。「検索なら自由に広く比較できたが、AIになって初めて絞られる」という対比では、従来の入口が持っていた偏りを見落とします。
それでも、リンクをたどって候補を集める作業と、理由付きで整理された候補を最初から受け取る体験には違いがあります。後者では、候補を選ぶ作業まで済んだと感じやすいのではないか。この心理と行動のつながりこそ、今後確かめたい仮説です。今回の調査で直接測られたものではありません。

図1:AIが示した候補と、人が実際に比較する範囲は同じとは限りません。調査の実測結果ではなく、本記事の仮説を整理した図です。
便利になるほど選択肢が減る、とは限らない
情報を整理することは、何かを省くことでもあります。ただ、候補が少ないこと自体を悪いと決めるのも早計です。条件に合わない商品を除くなら、比較の負担を減らすことには意味があります。
選択過多を扱ったScheibehenneらの2010年のメタ分析では、選択肢の増加がもたらす負の効果は平均ではほぼゼロで、研究間のばらつきが大きいと報告されています。これは生成AIの保険推薦を検証した研究ではありませんが、「選択肢は多いほどよい」「少ないほどよい」という単純な結論を避ける参考になります。論文・著者公開版
AIが、本人の知らなかった会社や比較軸を挙げることも考えられます。Googleも、自社のAI検索機能について、関連する複数の検索を行い、従来の検索より幅広いリンクを示せる仕組みを説明しています。ただし、これはGoogleの機能説明であり、今回のChatGPT・Gemini調査で候補が広がった証拠ではありません。GoogleのAI機能の説明
つまり、AIが参照した情報の広さと、人間が実際に比較する範囲の広さは別です。裏側で多くのページを調べていても、利用者が最初に示された候補だけで止まれば検討はそこで閉じます。逆に、追加質問や公式情報の確認を通じて、元々知っていた会社より選択肢が広がることもあり得ます。
仮説を確かめるなら、何を測る必要があるか
企業名の出現回数だけを増やして測っても、人間の比較範囲が狭まったかは分かりません。必要なのは、AIに聞く前に知っていた候補、AIが提示した候補、その後に本人が追加・除外した候補を区別することです。
検索を使った場合と比較するなら、同じ課題・条件で、最終的に検討した会社数だけでなく、必要条件に合う候補を見落としたかも見たいところです。会社数が減っても、条件に合う候補が残っていれば、単なる悪化とは言えません。一方、数が同じでも、毎回同じ大手だけに入れ替わるなら別の問題が残ります。
これは本記事から提案する検証の方向で、実施済みの実験ではありません。現在の公開調査と、核心の仮説の間に何が足りないのかを明確にするための整理です。
企業の競争は「候補集合の入口」にも広がるかもしれない
もし利用者がAIの最初の候補をそのまま比較範囲にするなら、企業にとっては順位の上下より「そもそも名前が挙がるか」が効いてきます。AIの回答で候補から外れることは、その利用者にとって、比較で負ける以前に比較されないことになり得るからです。
ただし、候補集合は固定された棚ではありません。今回の調査で異なった顔ぶれが得られたことは、一つのAI、一つの取得時点での順位を万能の評価にできない理由になります。質問の条件、検索連携やモデル等をそろえず、結果の変化を自社施策の効果だと判断するのも危ういでしょう。
そこで企業側が観察するとしたら、名前の掲載回数だけでなく、「どんな条件の質問で挙がったか」「推薦理由が商品実態と合っているか」を残す方が有用だと考えます。名前が出ても、不適切な条件で推薦されているなら、望ましい可視性とは言えません。これは公開調査が効果を証明した対策ではなく、本記事の提案です。
情報を整えることと、推薦を保証することは違う
Googleは生成AI検索でもSEOの基礎が引き続き有効だと説明しています。人にとって価値のある内容と、検索からアクセスできる情報構造を整える方針は維持されていますが、要件を満たしても表示は保証されません。この説明を、他社AIを含めた推薦順位の攻略法へ広げることもできません。生成AI検索向けの公式ガイド
保険会社や比較メディアが、商品の条件、向く人・向かない人、注意点、比較基準、出典、広告関係、更新日を分かりやすくすることは、人間にも誤解されにくい情報を作るうえで意味があります。しかし、それだけでAIに選ばれると約束することはできません。
この問いを「推薦に値する情報を作りましょう」という一般論だけで閉じたくはありません。誠実な情報を出すことと、実際に候補に入ることは別の課題です。だからこそ、情報の質を整えながら、どの条件で候補に入り、何が伝わっているのかを観察する必要があると考えます。
人間は「候補の外側」を見る力を手放さない
生活者にとっては、AIの回答を「比較表の下書き」として扱う発想が役立ちます。最初の候補を結論にせず、自分の条件が何かを確かめ、別の条件なら候補がどう変わるか、ほかに検討すべき会社はないかを調べる使い方です。
ただし、AIに「除外した理由」を尋ねても、その説明が内部で実際に候補を選んだ過程の証拠になるとは限りません。回答の理由をそのまま信じるより、候補の条件や出典を、公式資料と照らす方が確かです。金融庁も、保険購入にあたっては必要な保障や不明点を検討し、重要事項説明書等をよく読むよう案内しています。金融庁の手引案内
今回の問いへの答えは、AIが比較対象を絞る入口になる可能性はあるが、人間の比較範囲まで狭まるかは、その後の探索に左右される、というものです。公開調査は推薦の顔ぶれの違いを示していますが、候補の縮小や企業競争の転換までを実証してはいません。
それでも、「どの会社が上位だったか」から「どの会社が比較に入る前に見えなくなるのか」へ視点を移す意味はあります。AIに最初の地図を描いてもらい、その地図に載っていない道を自分で確認する。その余地を残せるかどうかが、便利な比較と、気づかない絞り込みを分けるのではないでしょうか。

